オパーサの浜 はるか時の呼び声
大きな岩がある その大きさは、彼の背丈と同じくらいの高さがあった 「う〜ん……最近の長雨の影響かなぁ」 「見るでしゅる。いつもあの丘の上にあったオバケ岩がなくなってるでしゅるよ!きっとあそこからここに転がり落ちてきたんでしゅる」 海が近く、塩の匂いが満ちているその岩場は、トカゲ岩と呼ばれている 現在絶滅希少種に認定されており、世界でもエルニド諸島にしか存在が確認できていない生物であるオオトカゲが大量に生息する地域だからだ またアルニ村からオパーサの浜まで行くためには、このトカゲ岩を通るのが一番近く、安全な道となっている 別の方法でも行くことは可能なのだが、その場合は切り立った崖の傍を通ったり、林の中を通ったりと……つまりは移動がめんどくさいのだ そして現在。そのトカゲ岩に通じる道のど真ん中に大きな岩が陣取っている状況となっている 「これじゃ子ども達が浜に遊びに行けないなぁ……ポシュル、こっちからそこの沢に落とすよ。一緒に押そう」 「やれやれ、仕方ないでしゅるなぁ」 とりあえず、そう言った一人と一匹のコンビは一緒に大岩を押した。岩は思ったよりも簡単に動き、その巨体を沢の中に沈めた 「さて……と。ウロコ集めウロコ集め……」 セルジュは辺りを見回し、コドモオオトカゲを探し始めた 「最近隠れてるのか中々見なくなってきたでしゅるからねぇ。すぐに見つかるといいんでしゅるが」 そう言い、鼻をひくつかせてコドモオオトカゲを探す作業に加わるポシュル 「見事ウロコが集まった暁には、今日はヘケランの骨のフルコースでしゅるよ〜。楽しみでしゅる」 虚空を見ながらよだれをたらすポシュル。かたやセルジュは隣で遠い目をしながら空を見る ―……後で何をあげるか、考えとかないとなぁ もちろん、ヘケランの骨などでは断じてない。高級食材だし、第一ヘケランなんてエルニドには存在しない。大陸の方にいくと生息しているらしいが 地面に鼻をつけ、コドモオオトカゲの臭いを嗅ぎ付けたのか一目散にダッシュしていくポシュルを追う。いや、やっぱどう見ても犬だから。その特性 「しゅしゅしゅ、いたでしゅる〜!さぁ、観念してお縄につくでしゅるよ〜」 やはり犬の血なんだろうか。恐るべし嗅覚の力により、既に視界にはコドモオオトカゲが入っていた その睨みを聞かせた目に怯えたかどうかは分からないが、泣き声を上げて逃げ出していくコドモオオトカゲ しかし、適わず。踊りかかったポシュルにしっかりと餌食にされてしまった 「しぇるしゃん、しゅかまぇちゃでしゅしゅしょ」 口に咥えながらモゴモゴとしゃべる。セルジュは苦笑しながら、ポシュルからコドモオオトカゲを受け取った 「君には悪いけど、ごめんよ。ちょっと何枚かウロコをもらうから」 セルジュはウロコへと手を伸ばし……一気に引き剥がした 声にならない声を上げるコドモオオトカゲ。いつものことながら……罪悪感が沸く トカゲからすればいきなりウロコを剥がされるのだ。そりゃ痛いだろう 「さて、こんなもんでいいかな?」 取ったウロコは3枚。これだけあれば、十分な量のネックレスが作れる 立ち上がり、浜へと足を向けようとした。……途端、背筋に悪寒が走る 正面にいたポシュルは自分の背中の向こうを見て怯えている……まぁ、つまり。何かが後ろにいるということは簡単に想像できる なにやら生暖かい息が首筋にかかる。それでいて獣特有の臭さも鼻に付く 目の前にいるコドモオオトカゲは、まるで強力な助っ人がきたかのように。その目は今までの怯えた目ではなく、強気だ 恐る恐る後ろを向く。……そこには予想通り、巨大なオトナオオトカゲがいた 思考は一瞬、行動は迅速 「逃げるぞポシュルッ!」「逃げるでしゅるよ、セルしゃん!」 駆け出した、一目散に 追ってきた、一目散に ―あの、バカ。せっかく今日は朝から楽しみにしてたのに 道を歩く、オレンジの髪をした少女がいる 「まったく……どうしていっつもあぁなのかしら」 少女、レナは待ち合わせていたオパーサの浜へと向かっていた。太陽はとうに南天をこえ、軽く下り始めたところだ 昨日の時点で準備は完璧だった。軽くおしゃれな衣服の準備もしたし、いつもより少し早く寝て今日のネックレス集めの準備に備えた 朝起きてカーテンを開けると、セルジュの部屋のカーテンはまだ閉まっていた まぁ、すぐに起きるだろうとタカをくくっていたけれども……悪い予感が的中。いつまでたっても起きてくる気配が無い しかも。今日は母がテルミナに買い物に行くとかいう話で、村の子供たちのお守りという大変有難い仕事を貰ってしまった 基本的に頼まれ事は断れないレナであったので、そのままずっと子供たちの監視役をしていた……というわけだ 「はぁ……」 ため息を一つ。やれやれ 「ん?あれは……」 トカゲ岩にたどり着いたところで、一つのことに気が付く。道にオトナオオトカゲのものと見られる足跡が付いており、そのほかに……靴と、犬っぽい足跡が1つずつ 更に聞こえるのは一人の叫び声と、一匹の鳴き声と、何かが走って地面が振動する音 「全く……だからもうちょっとうまくやりなさいっていつも言ってるのに」 呆れ顔で、レナは周囲を見渡す。何が原因でこうなったかは分かっている、そしてそれは結構慣れた行為だ 「多分、この辺にいるはずだけど」 少し歩みを進め、見つける。ウロコが不自然に無くなっているコドモオオトカゲを そのコドモオオトカゲは自分の傷口を舌で舐めていた。そのネコのような行動に、ちょっとだけ可愛いと思いながら 「ほら、治してあげるからおいで」 そう、コドモオオトカゲに呼びかけた トコトコと、素直にレナの元へ歩み寄っていくコドモオオトカゲ。レナはしゃがみ込み、足元へきたそいつを軽く撫でた 「今治してあげるから、待っててね」 傷口に軽く右の手のひらをあて、そう話す。直後、淡い青色の光が手から発された コドモオオトカゲを光が包み込む。直後、ウロコが再生し、元の通りになった 不思議そうな顔で見つめるコドモオオトカゲに、レナは微笑を返す コドモオオトカゲは喜んだ表情を見せた後、近くの草むらへと消えていった 立ち上がり、また歩みを進める いつの間にか地響きは聞こえなくなっていた。多分うまく逃げ切ったんだろう コドモオオトカゲの泣き声が、聞こえた気がした

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