……ュ

音が聞こえてくる

……ジュ

何かの意味を持つ単語の音が聞こえてくるが、思考していない脳はそれを受け付けない

…ルジュ

だが、その声は止むことがなく

「セルジュ!いつまで寝てるの!?いい加減起きなさい!」

その、雷が落ちたかのような鬼の如き怒声によって、彼の意識は覚醒した




















はじまりは 潮風そよぐ アルニ村
「……っつぅ……まだ頭がガンガンするよ。あのババァ、鼓膜破れたらどうするんだ……」 空は久しぶりの快晴。南国の太陽が照りつけ、暖かい陽射しが充満している中、セルジュは海に浮かんでいた 太陽は真上にある。さきほどセルジュは、母マージの村中に響き渡ったであろう怒声、否、鬼声で叩き起こされたのだ。つまりは大寝坊である 「ったく、ちょっと長く寝てただけじゃんか」 海に潜る。太陽の光が海面で反射し、キラキラと周囲を輝かせていた。ここアルニ村は南国特有の気候のせいもあり、一年中暖かい 真夏はそれこそ太陽が休むことなく照り付けるので、油断してると汗が大量に出て服を汚してしまう そんな時セルジュは家の裏口から外に出て、すぐ下にある海に飛び込んでいる。汗が流され体も綺麗になり、そしてなにより気持ちがいいからだ 今は真夏というわけではない。だが、暦の上ではすでに夏の時期に入っており、海に入るくらいなんともない気温である 周囲に視線をやると、熱帯魚が泳いでいるのが確認出来る。思わず手で捕まえたくなる衝動に駆られたが、酸素のストックの限界に達したため、海上へと顔を出した 一息。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。昨日まで長く続いていた雨が嘘のように消え、雲一つない快晴へと晴れ上がっていた 「あー……昼飯どうしよう。母さんが何か作ってくれるかな……それとも魚でも取って焼いて食べようか」 プカプカと浮かびながら、ぼんやりとそんなことを口にする。照る日差しとひんやりとした水温のバランスが最高に心地よく、このまま意識を遮断させたくなるほどだ 意識の遮断……その言語に、何かひっかかるものを感じた それは突然。先ほど夢に出ていた光景が甦ってくる 「……なんだろ、あの要塞」 過去に存在した要塞とは、あのようなものを言ったのだろうか。精巧な作り、侵入者を阻む仕掛け、所々崩れている壁。それなりの年季が感じられていた だが、それは別にいい。話に聞いた限りだと、山の上にある古龍の砦というところはそのようなものがたくさんあるらしい まぁその話というのが、村の老人達に聞いたことなのだが。一種の神話というかなんというか、大昔、龍神達があの砦に住んでいたとかかんとか 彼は、夢に少しの不気味さを感じていた。その体感した感覚があまりにも現実的だったからだ。 古臭い臭い、足を踏みしめたときの床に響く足音、そして事細やかに細部まで鮮明に覚えている内壁 そして、夢に出てきた二人の少女。金色の髪の少女と、オレンジ色の髪の少女 「レナが分かるのはいいとして……あの金髪の子、誰だろうなぁ」 とりあえず、会った事がないのは確かだ。綺麗な髪の色もさることながら、あの整った顔立ちは一度見たらそうそう忘れられるものではない と、何か胸の奥につっかえてるものがあるような気がする 「ん〜……なんか忘れてる気がしてならない」 目を閉じ、思考を開始する。目蓋の裏が日光によって赤く見える だが、考えても考えても記憶は蘇らない。思い出すことが出来ないっていうことは、所詮その程度の記憶なんだろうと、セルジュはひとりでに納得した 泳ぎ、家を支えている桟橋へと辿り着く。両手両足に力を込め、水から上がる。とりあえず着替えるか。と、セルジュは家の中へと戻っていった ……そして一分後 「約束忘れてたああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」 服に着替えたセルジュが、隣の家へと駆け込んでいくところを、村人たちに目撃されていた 家の中にレナはいない。でも家から見える桟橋で、子供のお守りをしている姿を見て取ったセルジュは光の如く駆けつけていた レナのお婆さんにからかわれたような気がするが、耳から耳へと通り抜けただけだ。言語は脳を軽くスルーしている。それどころではない 「……ぅ」 何か、何かがレナの背中から立ち上っている。青白い炎は赤い炎よりも酸素が含まれているため、よく燃える。そして青白い炎が燃え上がっているのが見える 幸か不幸か、こちらに背中を見せているので顔の表情は確認できない。まだ寿命は縮まっていないといえよう 足音を立てないように、静かに、出来るだけ静かに近づいていく ……そんなことをして何になるのか?と言いたいところだが。これも心理、怒られると分かっていてもついつい隠れたくなるのが心情だ 「……どうしたのセルジュ?こっそりと後ろから来たりして」 瞬間、世界は時を止めた 体から急速に熱が奪われる。今まで暑いと思っていた太陽がまったく気にならない。むしろ寒い、まるで南極にいるかのように寒い しかし、それでいて心臓は強い鼓動を放っている。何も聞こえない、波の音もカモメの鳴き声も子供たちの笑い声も。まるで音の無い世界へ放り込まれたように 鬼気迫る迫力というものは、このようなことをいうのだろうか。何しろ実際、鬼が見えそうだ。よく見れば肩が僅かに震えている。若干今の声も振動していた。 「……母よ、先に旅立つ不幸をお許しください……」 呟き、目を閉じる。それと同時に 「いつまで寝てんのよあんたはっ!」 村全体が震えるような大音量の声と一緒に、乾いた平手の音が炸裂した レナは口より先に手が出る それは誰もが知っている、村の中での周知の事実。普段は優しく、それでいて気遣いがきく良い子なのだが 彼女はただ、人よりも感情を行動で表しやすいだけなのである。その中でも主に怒りの感情を 昨年テルミナで行われたミスエルニドコンテストにおいて、彼女は最終審査まで残った。だが、審査委員長と評するどうみても若い娘好きのオヤジが気に食わなかったようで…… 最終確認と言いながら、肩から尻までを撫で回すその行動に堪忍袋の尾が切れ、審査委員長をフリーズで氷漬けにしてしまった 幸い盛夏時であったのですぐ氷は溶かされたが。以後、ミスエルニドコンテストが行われる気配はない まぁ、自分に非があるときは無理やり手を出したりすることはない。大体は相手が悪いことをしたとき、それに限定されるセルジュもその事は分かっていた。 そりゃ、レナとは一番長い付き合いだ。幼馴染というものもあるし、何が好きで何が嫌いかとかもよく知っている だが、分かっていても手を出させてしまう。度々そんな状況を作ってしまうのが、彼らしいというか、彼の悪いところというか…… 「ふぅ……もうお昼よ?あなたが寝坊なんかするから、母さんに子供たちの子守を頼まれちゃったじゃない。  全く、本来なら今頃はコドモオオトカゲのネックレスをつけてるころだろうに……」 とりあえず、一発殴って気分は収まったらしい。先ほどのまでの禍々しいオーラは既に消え去っている。多少不機嫌な所はさすがにまだ直っていないが 「仕方ないだろう……俺だって、寝坊したくて寝坊したわけじゃないんだし……」 対するセルジュはというと、両頬に赤い紅葉が出来ていた。 これぞレナの得意技とする、乙女のビンタの破壊力。その威力は凄まじく、約3時間は消えないらしい 「へぇ……まだ言い訳するつもり?」 が、今のセルジュの言葉が気に障ったらしい。再びオーラを発生させつつある 「……ごめんなさい」 自分の命は何よりも惜しい。とりあえず謝る。わざわざ余命を減らしてまで怒らせる必要も無い 「全く……」 一つため息をつく 「セルジュにいちゃーん!レナねえちゃーん!一緒に泳ごうよー!気持ちいいよー!」 と、海の方から声が聞こえてきた。泳いでいる子どもたちがこちらへ向かって叫びながら手を振っている 確かに今日は気温も高くなりそうだし、泳ぐと気持ち良いだろう。現にさっき泳いだし 「はぁ……子供たちは気楽でいいわね」 「あぁ……全くだ」 というよりも、あれは絶対遊び半分からかい半分で楽しんでいるだけだろう。現に目がニヤついている この前だって、「セルジュにいちゃんはいつレナねえちゃんと結婚するの?」などと笑いを浮かべながら聞いてきたくらいだ。ちなみにその子は、次の日の朝まで目が覚めなかったという 「ねぇセルジュ……私たちにもあんな時、あったよね」 と。穏やかさを取り戻したレナの声を聞き、セルジュは振り向いた 「あぁ……あったなぁ、確かに」 手をポケットの中に入れ、空を飛んでいるカモメに目を向けながらそう答える 何年くらい前のことだろうか?まだ歳が十くらいだったころかもしれない それこそ毎日が楽しくて、いつも二人で村を駆け回っていた 「なんの悩み事も心配事もなくて、毎日毎日が新鮮で楽しくて……おもしろいものでいっぱいだった」 村に同じ年齢の子供は自分たち二人しかいなかった。しかし、人数が少ないからつまらないということは決してなかった 森の中での二人だけでのかくれんぼ。皆に内緒でオパーサの浜まで遠出して、陽が落ちて帰ってきたらめいっぱい叱られたり 時にはポシュルもつれて、いろんな場所へ探検しに行ったりもした もしレナがいてくれなかったら、あんな楽しい日々はなかっただろうと。そう思うことが出来る セルジュはチラリと横目でレナの顔を見た。その視線は遠く、青空へと伸びていって…… 突然、ぐっと力こぶを作るポーズを作った 「だが、今私に必要なのは失われた過去ではなくっ」 一息 「トカゲのネックレスなのだっ!」 そう、海に吼えた 「ははは……」 もう笑うしかない。先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこにいったのやら。まぁ、レナらしいといえばレナらしい 「笑い事じゃないでしょ、もう。いい?先にトカゲのウロコを集めてオパーサの浜で待ってて。  私も仕事が終わったら行くから。そうね……三枚ぐらい集めればいい方かしら?ほんとは三枚といわず百枚位は欲しいとこだけど……まぁ三枚で勘弁してあげる」 あぁ、ほんとにレナらしい。一枚ウロコを集めるのにも一苦労だというのに、それを三枚ですか、そうですか 「……鬼ー」 「なんかいった?」 「いえ、何も」 いかん、目の色が変わった。逆鱗に少しだけ触れたみたい 「大体セルジュが寝坊しなければこんなことにはならなかったんだからね!?いい、三枚ちゃんと集めてくるのよ?」 「あぁ、わかったよ」 いつもならここで反抗の一つもしているところだが、今日はこれ以上怒らせるのもさすがにマズい。本能がそう悟っている 「はい、それじゃ行ってらっしゃい♪……ちょっとちょっと!あんまり遠くに行っちゃ駄目っていったでしょー!」 レナと子どもたちの会話を背後から受けながら、セルジュはトカゲ岩へと向かっていった

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