私……もう駄目なんだな……

薄れゆく意識の中で、マールはそう感じた

胸が熱い。体に穴が開いたせいか、外気が異常に冷たく感じた

倒れこむ。体の後ろから、彼の声が聞こえてきた気がした

 クロ……ノ……

意識はそこで途絶えた





「マール! しっかりしろ! マールッ!」

 肩を掴んで体を起こし、揺さぶる

 だがまるで糸の切れた操り人形の如く、彼女の頭はガクガクと揺れる

「あ…」

 見ると、胸――鳩尾の部分から心臓よりの場所に直径5cm程度の丸い穴が空いていた

胸に手を当てる。本来ならば振動し、鼓動が聞こえてくるはずのその部分からは何の反応もなかった

 シンデイル

そんな言葉が頭を過ぎる

クロノはその思考を振り払うかのように頭を振る。そして両手を押し当て心臓マッサージを始めた

 一回、二回、三回、四回

懸命に押し続ける。と、

彼に向けて迫りくるものがあった

粒子を宿るその光の渦は、収束し、再び彼目掛けて放たれていた

 だが彼は気付かない。一心不乱に、なんとか目の前の少女を蘇生させようと躍起になっていた

「バカヤロウ!」

 怒声が響く。それとともに光線は斜めに切断され、クロノを中心に二つに分かれていった

 カエルはクロノの元へ駆け寄る。そして、彼の頬を思い切り殴った

「カ……エル……?」

「戦闘中だぞ!?しっかりしろクロノ!」

 ラヴォスに向き直る。そして背中を向けたまま語った

「クロノ……悲しむなとは言わない……俺だってショックなんだ。だけど…」

 一度言葉を切る。呼吸し、そして続けた

「これは俺たちだけの問題じゃない。この星の運命がかかっているんだ。……現実を見ろ」

 そう言い残し、グランドリオンを握り締め再びラヴォスへと向かっていく

「そんな……」

呆然と、彼は彼女だったモノを見つめていた

「……くしょう」

 それは、自分にしか聞き取れないほどの呟き

「ちくしょおおおおおおおおおおおお!」

 叫んだ。虹を握る。そして少し身を屈め、その反発を利用し、跳躍した

 狙いはもちろんラヴォスだ。ビットへ大きく振りかぶり

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 力を込めて叩き付けた





「パキンッ」





「え?」




 金属音がした。そして何が起こったのか理解出来ぬまま、クロノは左肩に激痛が走るのを感じた。ラヴォスの放った光線が左肩を貫通したのだ

「がっ!」

 吹き飛び、倒れこむ。痛みを抑えるように手で肩を押さえながら、彼は現状を理解した

「虹が…折れた」

 虹は根元の部分から二つに分離していた。美しく輝いていたその刀身は、今や輝きを失い曇りを帯びていた

鉄くずと化したその剣を呆然と見る。その時、クロノはボッシュの言葉を思い出した





『いいかクロノ。その『虹』という剣はな、使用者の心に比例して強さが変わるんじゃ。

誰かを守りたいという気持ちで扱えば、その剣はこの世のどんな武器よりも強くなるだろう。

じゃがな、その剣は絶対に憎しみで使ってはいかん。憎しみや怒りには、負の力が宿っておる。

もし、そんな状態でその剣を使えば、その刃は間違いなく折れる。そのことをよく覚えておくんじゃぞ





「憎しみは何も生まない……か」

 呟き、視線へを仲間たちへと向ける

皆必死で戦っている……だが、疲労がピークに達する次期だろう、動きが鈍くなっているのが読み取れた

本来なら率先して攻撃に加わっているであろう自分の姿はそこに無い。

 クロノは這うようにしながらマールの元へと辿り着く。体から力が抜け、彼女の体に倒れこむ

「まだ……温かいのにな」

 ほんの少し前まで、彼女は息をしていた

何時間か前までは、自分と一緒に笑っていた




だが、もう遅い




「ごめん……マール、ごめんな……」

 約束を思い出す。それは些細な……しかし、彼が最も守らなくてはいけなかったことであり、守れなかったこと

『ねぇクロノ!もし私がピンチになったら……ちゃんと助けて頂戴ね。約束だよ!』

 声を……思い出す。そして、自然と涙が溢れ出てきた

「ごめん、マール……俺、もう駄目かもしれない」





声が、震えた





その時、突然マールの体が緑の光を発し始めた

 クロノは驚き、そして光の発信源を突き止める

「緑の……夢……」

 光はマールの胸元から発していた。そこには緑色をした宝石が入っていた

光は次第に強くなり、目を開けていられないほどになった

目を閉じる。そして……




「あ……」





声が聞こえた。もう聞くことがないと思っていた、だが、一番聞きたいと思っていた声が

 目を開ける、光はもう消え去っていた。そして目の前では――マールが、体を起こしてこちらを見ていた

「クロノ……」

 抱きしめた。強く、きつく。この腕から二度と離さないように、ギュッと

「クロノ……クロノ……私、怖かった。もう二度とクロノに会えなくなるんだって思って、凄く怖かった!」

「マール……」

 クロノは体を離し、正面からマールの目を見つめた

「もうどこにもいかない……ずっと……一緒にいよう」

 そしてそれは、疑いの無き本心

「クロノ!」

 そうマールが叫んだ瞬間、二人の体が突然輝き始めた

 驚き、顔を見合わせる。見ると、ラヴォスと対峙していた五人の体からも光が溢れ出てきていた

「なんだ……この感触?」

「体が……暖かい」

 クロノとマールは、お互いの体を見ながら疑問を持った

「まさか……共鳴!?」

 魔王は、信じられない。というような顔つきで、自らの体から輝く光を見ていた

「共鳴……話には聞いたことあったけど、本当に起きる現象だったなんて……」

 ルッカもまた、同じような顔つきをしていた

「共鳴っていうのはなんなんだ?」

 グランドリオンを振り下ろしながら、彼はそう尋ねる

「昔本で読んだことがあるわ。人の思いが強くなると、心が共鳴を始める・・・すると、その時とてつもない力が出せるって」

「それじゃ……この力を使えばラヴォスを倒せるの?」

「多分そうだと思う……っていうより、これで倒せなかったらもう無理でしょうね、倒すことは」

 マールとルッカの話を聞き、クロノは考えを巡らせる

「よし……皆、いくぞ!」

 クロノは視線をめぐらせる。皆もその意図に気が付いたのか、首を縦に振り頷いた

ラヴォスを取り囲むように、七人が動いた。クロノから順に、マール、カエル、魔王、エイラ・ロボ、ルッカで六亡星を描くように立つ

 そして、それぞれが詠唱を始めた

「天地を司る精霊よ、我に力を」

「水を司る精霊よ、我に力を」

「火を司る精霊よ、我に力を」

「冥を司る精霊よ、我に力を」

「力を司る精霊よ、我に力を」

 ラヴォスに対し、魔方陣が描き出される。そして、彼らの魔力が爆発的に増幅された

「これで・・・止めだっ!」

 クロノが叫ぶ。そして、魔力を解放するとともに・・・彼らは、叫んだ





『真・ミックスデルタ!』





増幅された魔力はラヴォスへと聖なる雷の如く変化し、虹色に輝きながら落下した

断末魔が聞こえる。そして、時空の歪みも徐々に消えていった

 ・・・想いは、カタチになる

クロノは訪れることになるであろう平安に胸を膨らませながら、ゆっくりと目を閉じた・・・





星は滅びのときを回避した

A.D.1000年、ガルディア王国全盛の時代

そして、この国が滅亡する前の話

こうして、最初のクロノ・トリガーの伝説は・・・幕を閉じた
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